2012年12月23日

12月23日のクリスマスパーティー

今朝10時半からクリスマス礼拝がありました。教会の皆様と一緒にイエス・キリストの誕生をお祝いしました。


そして12時からファミリークリスマスパーティーが始まりました。多くの人が集まって、うれしいです!以下に今日の写真があります:




教会のドンッキス英語リトミックの演奏

イエス様の誕生の劇

マリ先生が神様の愛について教えました

2012年のクリスマスファミリーパーティーの記念写真



福岡ご家族の演奏


最後に皆さんにわずかなクリスマスプレゼントを渡しました

皆さん今日とても楽しかったです。ありがとうございました!これからもよろしくお願いします!

2012年10月19日

最高だ!

10月12日に行われたブロー・サリさんのクラシック・ピアノコンサートは最高でした。フィンランディアなどの素晴らしい音楽を通して本当に心の安らぎを得る事ができたと思います。コンサートに来てくださった皆様も良い時間を過ごされたではないでしょうか。

みなさん、ありがとうございました。またの出会いをお待ちしています。








2012年9月27日

10月12日(金)クラシック・ピアノコンサート

フィンランドの有名な作曲家シベリウス、シューベルトなどのクラシック・ピアノコンサート

淡路福音ルーテル教会では、10月12日(金)19時~20時30分、洲本市民交流センター・ビバホールにてクラシック・ピアノコンサートを実施します。皆様のお越しををお待ちしています。入場は無料です。

コンサートのプログラム:


J.コッコネン(1921 - 1996)
ピアノ組曲「ピエラヴェシ」
1.Preludietto/前奏曲
2.Nocturne/夜想曲

葉っぱで作られた小屋の愛らしい時期
夏の賛美歌を森が歌う
野原の花は香りを放つ
若い民は楽しんでいる

小さい湖畔は薄暗い中に眠る
沼の上に霧の夜がきらめく
光と音楽の中に
愛するお祝いの夜は包まれている

カッコウが松森に歌声をあげる
自然の魂は聞いている
山やふもとに
創造主の霊が静かに語っている

3.Sade-Rain/雨
4.Iltapilviä-Clouds at evening/夕方の雲
5.Aamutuuli-Morning wind/朝の風

J.シベリウス(1865 - 1957)
3つのソナチネ 作品67
1. Fis - minor
2. E - major
3. B – minor
フィンランディア

S.パルムグレン(1878 - 1951)
3つの情景による夜想曲 作品72
1. Tähdet tuikkivat/星の輝き
2. Yön laulu/夜の歌
3. Sarastus/夜開け

F.シューベルト(1797 - 1828)
ファンタジー 作品103 (ブロー、サボネン)


ピアニストブロー・サリ様のプロフィール:

JyväskyläとHelsinkiの音楽大学卒

Janne Mertanen、Oleg ManturとPeter Lönqvist、名高い教師の下でピアノを専攻し、Merja Soisaari、Sampsa Konttinen教師の下で室内音楽とリードを専攻した

JyväskyläとHelsinkiの音楽学校で教師として勤める

フィンランドの諸町でピアノと室内コンサートを行う

今年の秋HelsinkiとJyväskyläの大きな教会でコンサートを行う

家族: 夫と2人の息子、ヘルシンキ住まい

音楽スタイル: 変化と発展を通して音楽的な表現で深みを求める 


作曲家と曲の詳しい説明:

J.コッコネン(Joonas Kokkonen、1921 - 1996)
コッコネンの代表的な作曲スタイルは密接で徹底的に音楽素材を使う事でした。彼は特にバッハ(Bach)とベートーヴェン(Beethoven)に憧れていました。彼は戦後のフィンランドの音楽界の中心的な人物の一人です。彼はピアノ音楽よりも管弦楽で知られています。彼の最も知られているピアノ作品はソナチネと五つのバガテルです。

ピエラべシ(Pielavesi、ピエラ湖畔)
ピエラベシ・シリーズは1939年からのコッコネンの若い時代の曲で、E.&V.コッコネン(EsterとVeijo Kokkonen)に捧げられたものです。その中に北カレリア地方の国民的な景色の感情を聴くことが出来ます。前奏の中に湖の岸辺の石に流れる小波の音、まるで肌に落ちるほどに感じる雨の音、夏の夜の優雅が聴こえます。これらの音はフィンランド人にとても大切な夏と愛のシンボルです。この曲はプログラムのように進むピエラベシと言う湖畔の岸辺の作品です。

J.シベリウス(Jean Sibelius、1865-1957)
シベリウスはその生きていた時も現在もフィンランドの音楽に最も影響した作曲家でしょう。特にオリジナル交響曲家として知られています。その特徴はそのピアノ曲にも現れています。ピアノ曲はピアノという楽器に一番合うものとは言えないかも知れませんが、小さい形のピアノの交響曲というような印象を与えているでしょう。

3つのソナチネ  作品 67
これらの三つのピアノ曲はシベリウスのピアノ作品の最高のものです。それらはシベリウスの娘たちのピアノの先生M.トルネル(Martha Tornell)に捧げられたものです。これらの曲の中には演奏に幅広い動きや伝統的な名手の技術を避けようとしました。何故かと言うと、娘たちを教えるためにも創られたからです。それらの中にクラシックな音色と4番目の交響曲の残響が混じっています。その影響で例えばキーがぼんやりする場合もあります。一番目のソナチネはFシャープ 短調かそれともA長調かは出版社さえも言えなかったのです。

フィンランディア
フィンランディアは元々劇音楽に属しましたが、シベリウスはそれを管弦楽組曲に編集しました。彼はこの組曲の最後の部を外して、それにフィンランディアと言う名前を付けました。 そして早くからフィンランドの独立運動のシンボルになりました。 この作品はフィンランドがロシヤの一部であった時に作曲されました ロシヤ支配の弾圧時期にその演奏は禁じられましたが、様々な別名で海外で演奏されました。

S.パルムグレン(Selim Palmgren、1878 - 1951)
シベリウスはピアノ作曲家としてはそれほど優れていた訳ではなかったので、その空いた分野で、パルムグレンはピアノ作曲家になったと言われています。ですからパルムグレンは著名なフィンランド人のピアノ作曲家です。彼は例えば五つのピアノ協奏曲を作曲しました。彼のモデルはショパン(Chopin)とリスト(Liszt)でした。彼の曲は叙情詩的で、その曲の中にたくさん印象派の色を使いました。

3つの情景による夜想曲 作品72(Une nocturne en trois scenes)
この作品は夜を語っています。星のきらめき、夜の感情、又夜明けについて語ります。 星のきらめきは叙情詩的でメロディックなミニチュアです。ミニチュアはパルムグレンの代用的な音楽形式です。 第二部は少しシューマン(Schumann)の幻想曲(作品12)に似ています。最後の部、夜明けは太陽が昇って、少しずつ夜空を光の線で照らす印象派的な絵です。

F.シューベルト(Franz Schubert、1797 - 1828)
シューベルトは際立った声楽の作曲家でした。彼もピアノ音楽よりは交響曲的な曲を創りました。彼はベートーヴェンの生徒で、数多くのピアノソナタやいくつかの単独ピアノ曲や4手ピアノのための音楽を作りました。しかし、彼のもっとも大切な貢献は声楽の一新でした。その中のピアノの部分は歌と同じような役割に上がりました。

幻想(ファンタジー)作品 103
どうしてこの三人のフィンランド人作曲家の他に、シューベルトの4手ピアノのための幻想曲を入れたのでしょうか? K.サボネンさんと同じ音楽学校で学んでいたある日、廊下に置いてあるピアノで何かを弾こうとしたら急にアイデアが浮かんで来ました。何かの曲を一緒に演奏したらどうでしょうかと。そうして二人とも大好きなこのファンタジーを選んだのです。一緒に弾くことをとても楽しみにしました。今回地球の同じ側にいるのですから、もう一度一緒にピアノを弾く事をやってみようと思いました。


2012年9月19日

9月16日のドンッキスファミリーイベント

この前教会で『ドンッキスビッグナイト』ファミリーイベントが行われました。15人の子供たちと10人の大人と一緒に楽しい時間を過ごしました。歌ったり、遊んだり、聖書の話を聞いたりしました。皆さん、ありがとうございました。とても楽しかったで~す。

また、11月18日2時から一緒に遊びましょう。





2012年7月18日

西日本福音ルーテル教会創立50周年記念

7月16日は姫路で本教会の(西日本福音ルーテル教会)創立50周年記念聖会が行われました。地方教会から450人以上の方が参加しました。私達の淡路福音ルーテル教会からも大人6人と子供3人が参加しました。プログラムは講演、コンサート、賛美歌、宣教師の歌などがありました。とても楽しかったです。







2012年5月27日

教会の春のピクニック

今日礼拝の後で皆さんと一緒に淡路ふれあいパークに行きました。そこでお弁当を食べたり、ゆっくり話したり、楽しい時間を過ごしました。新しい友達も来て、本当にうれしいです。

2012年5月18日

ありがとうラウラさん!

ヒルボネン・ラウラさんは淡路教会で約5週間ボランティアとして働いて、5月18日にフィンランドへ帰りました。ありがとうラウラさん!

ラウラさんは写真で右の方です

2012年5月7日

海外宣教と教会と私


海外宣教と教会と私

 今日は素晴らしい日だと思います。私達は一緒に池上真祈先生をホンコンに派遣することができるからです。

私は(D.ヌンメラ)淡路福音ルーテル教会で牧師として働いています

池上真祈先生は6月の1日にホンコンへ宣教師として遣わされています

 キリスト教会の一番大切なメッセージとは何でしょうか。それは、イエス・キリストが私達の代わりに十字架で死なれ、私達の罪を贖われ、復活されたということです。ヨハネの福音書によると「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとしてびることなく、永遠の命を持つためである。」海外宣教は実際にこのよき知らせを述べ伝えることです。つまり、主イエスは救い主であるという福音を述べ伝えることなのです。こうして、私達は今日本当にこのような大切な事を前にして、共に集まっているのです。
 実際に、イエス様はマタイの福音書で全世界に出て行って、み言葉を宣べ伝えるようにとおっしゃいました。マタイの福音書28には「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマをけ、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたと共にいます。」と書いてあります。このみことばに従って私も日本に来ました。日本人にことばを伝えたい、日本人に主イエスの救いを伝えたいと思ったからです。
 ところで、人類の約3分の1はまだイエス様について知らないというのが現状です。だから、キリスト教会の一番大切なミッションは今日もイエス様が与えられた福音を述べ伝えることなのです。つまり、世界中でイエス・キリストについて証をすることです。しかし、海外宣教は教会の責任だけではなく、私達の皆の責任なのです。ですから、私達は皆海外宣教についてそれぞれ重荷うべきです。
 しかし、キリスト教会の中でに大切なことは、「何をするか」ではなく、「主イエスとともにむ」ことです。これはどういう意味でしょうか。マルコの福音書の3:14-15に書いてあります「そこでイエスは12弟子を任命された。それは、彼らを身近き、また彼らをわして、福音を宣べさせ、悪霊を権威たせるためであった。」マルコによると、イエス様は弟子たちをまずに、自分の近くに置かれました。そして、その後で弟子たちをわされました。これについてはこんにちも同じです。イエス様は今日も私達をわされる前に、ご自分のくにかれるのです。
 けれども、私達皆が、世のてまで行くことはできないでしょう。実際に、私達は皆海外宣教について重荷っていますが、全員が宣教師として働くことはできません。それで、キリスト教会は聖霊のきのに、使徒パウロの時代からある者たちだけを選んで、教会の代表者として、福音を述べ伝えるという任務を与えてきました。これについては例えば使徒の働き13:1-4に記されています。
 私はクリスチャンホームに生まれました。それで、子供のときから聖書の話を聞き、小さい時から当たり前のようにイエス様を信じていました。そして、私の家族は1980年代に、3年間宣教師として働いていたので、宣教も私にとって身近なことでした。また、私の妻、マリも同じような経験を持っています。それで、結婚する前には宣教についてよく話しました。しかし、その時、二人とも宣教師のを与えられていませんでした。ですから、20歳の時はまだあまり宣教師になりたいという考えを持っていませんでした。
 実際に、宣教師にはいつも2つのが必要です。まずは自分の心の中に与えられる内部です。それは、聖書を通して神様が私達にこのような宣教の使命を与えられたことを理解して、宣教師としての道を歩むことを決心するというです。しかし、内部のだけは十分ではありません。外部も必要なのです。外部の召命は教会から来ます。つまり、ある教会が内部を受けた人を宣教師として海外にわすというなのです。しかし、私と妻は2006年当時、そのどちらも持っていませんでした。
 ところで、2006年に、私たちは日本をれました。それは妻と一緒に、妻が子供の時住んでいた日本の町を見るためでした。その時日本でいろいろな所へ観光に行きました。例えば天理という町に行きました。そして、私は西宮南教会で説教して、その時日本に住んでいたマリの通訳してくれました。また、日本にある小さな教会も少し見ました。やがて、旅行から帰った後で自然と、内部の召命が起こり、妻と宣教師になることについて真剣に相談し始めたのです。
 ところが、色々なことが邪魔をして、その時は結局まだ宣教師になる時ではないという選択をしました。そのような選択をしたにもかかわらず、特に妻のに対する思いはごとに強くなりました。それで、家族や友達などに、この事についてよく祈ってくださいとみました。また、何度も二人で話し合って、ようやく宣教師の募集に申し込むことになったのです。こうして私たちの内部の召命はいました。やがて、フィンランドルーテル宣教会から外部の召命も与えられたので、宣教師になることができたのです。
 実際に日本に来るまえには、もちろんその後でも多くの事を考えなければなりませんでしたが、その中で一番大切な事は祈ることでした。もちろん、私たちの祈りも必要でしたが、宣教師をす人たちの祈りは非常に大切でした。また、宣教師も、皆さんと同じように生活をするための給料必要になってくるので、信徒の方々は献金などによって、宣教師をえ続けることも大切なのです。
 ですから、宣教において、いつも2種類の人間が必要です。実際に宣教師として働く人と、その活動をえる人です。このように、一人の宣教師をすためには、その活動を祈りと献金によってえる大勢の人が必要なのです。それで、私達は皆池上先生をえるために、大切な働きをっているとえます。
 ところが、実際はどうでしょうか。宣教師とわりのある教会だけが、積極的にこの働きをっていることはないでしょうか。しかし、それは正しくありません。イエス様は全ての教会に宣教の命令を与えられたからです。だから、皆さん、あなたが宣教の中でできることはどういう事かを、考えて見てください。少なくとも、池上真祈先生をお祈りの中で覚えましょう。池上先生にとって、私達のお祈りは非常に大切なことなのです。また、祈ることだけではなくて、具体的な支援も必要です。私達はそれぞれ自分が出来ることを考えましょう。海外宣教は池上先生の責任だけではなくて、私達皆の責任なのです。



D.ヌンメラ (海外宣教のつどい、東徳島福音ルーテル教会、5月6日(日)午後2-4)